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第23話 花の香り

Author: 甘梨鈴
last update Last Updated: 2025-06-25 17:00:06

「ッ……ランダリエの王族は、アルファしか、認められていないのです」

「アルファのみですか?」

「はい」

「しかし、側妃との間なら、ベータが生まれることもあるでしょう?」

 ルシアンの疑問はもっともだ。

 王族や皇族は側妃を持つのが普通で、その間に生まれる子はアルファとは限らない。

「ぁっ、それは……側妃との間に生まれたベータは、臣下に下ります」

 側妃の実家へ引き取られるか、ランダリエの貴族の養子になるのが通例だ。

 そして、王の寵愛が得られていない場合、側妃も離縁される。

 そこまでの事情は、さすがに外国の使節には話せない。

「ンッ……ぁ」

 クルン、クルン、と回る静香石に、エマは足をモゾモゾさせた。

(んんっ……どうして、こんなに動くの?)

 もしかしたら、正常に作動していないのかもしれない。

 ルシアンは感心したように頷く。

「なるほど。ランダリエ王家にアルファしかいないのは、そういう理由でしたか」

「はい……っ、て、帝国では、やはり、オメガへの扱いはよくないのでしょうか?」

 エマは気になっていたことを尋ねた。

 噂では聞いていても、実際にどうなのか、ルシアンの口から聞いてみたかった。

 ルシアンは、オメガのエマにも、優しく微笑んでくれるから。

「そうですね……帝国ではオメガの地位は低いです。貴族ならまだ良いですが、平民のオメガは抑制剤も簡単に手に入りませんから、大変でしょう」

「そうなのですね……」

 エマも、今は抑制剤を自由に手に入れられない。

 その苦しさや辛さは、痛いほどよく分かる。

「薬がなければ、とても辛いでしょう……」

 思わず呟いたエマに、ルシアンは慰めるように言った。

「ええ。ですが、抑制剤も日々進化しています。ここ数年は、平民でも買える安価なものも出回っていますから」

「本当ですか?」

「ええ」

「よかった」

 薬の効き目が弱くても、何も無いよりはマシなは
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